(若き日、古都を訪ねて歌集を作る。奥の細道をお思いて）
青陵集 （山の辺の道）
龍鬼
序にかえて
美人の栄華、富豪の驕奢
いずれか無常の風に逢わざらん
光栄の道向かう所、墳墓のみ
トーマス・グレー
山の辺の道のは一生君についてまわるだろう。
何故なら山の辺の道は「まほろばの道、永遠の道」だからである。
古来この道をどれだけの多くの人が歩いた事だろう。
日本武尊が、中大兄が、大海王子が、額田大王が、柿本人麻呂が、
嘆きと悲しみを持って、愛と憎しみを持ってこの道を行きかった。
しかし、今はそれもすべて夏草の府。
大いなる大君も、美しき歌姫も、
逞しき戦士も、華麗なる詩人も
今は墳墓の中である。
血で血を洗うも戦も、裏切りの政争も、
美しい恋物語も、敬虔な祈りも
今は土塊の塊に過ぎない。
だからと言って詩人よ、歌人よ、無常を詠うなかれ。
人生は一瞬の輝きに過ぎない。
今はただ王達の歩みを、美しき姫君達の伝説を詠わん。
魂の詩人の言葉をたどらん。大いなる民族の血をたどらん。
青き陵とは緑におおわれた王達の墓の事である。
青陵集、それは王達の青春の墓標である。
京都は迷宮である。この都に迷い込んだものはその怪しい魅力に引き込まれてしまう。
秦氏が作り、加茂氏が水を祭り、安部清明ら陰陽師が風水によって守った千年の都。
青龍と朱雀と白虎と玄武に守られた永遠の都。
あらゆる権力者がこの都を我が物にしようとした。
藤原氏が、平氏が、足利が、信長が、秀吉がこの魔力に満ちた都を我が物にしようとした。
しかし、その多くの野望はついえてしまった。残ったのは天皇家のみである。
まるで性悪女にもてあそばれる少年のように野望に満ちた人々は消え去ってしまった。
決してこの都を我が物にしようとしてはいけない。千年の魔女にただ仕えるのみである。
京の都を歩くと自然に祇園囃子が聞こえて来る。その冷たい賑々しい金属音。それは古来からの魔物、
「あやかし」かも知れない。幾多の英雄の亡霊の魂を鎮める姿に似ている。
京は町全体が墳墓である。
―――ガイドブックを片手に京都の神社仏閣を巡る。
蓮華寺の 三十三間 貫きて 矢は錆び尽きぬ 大唐柱に
（ 蓮華寺のを三十三間を貫いて昔は矢の競技をしたようだ。古い蓮華寺の大唐柱には
錆びついた矢じりの跡が残っていた ）
蓮華寺の 観音像は 連ぬけり 武蔵も見たか 無常の末を
（ 蓮花寺には沢山の観音像が安置されていた。宮本武蔵もこの観音像を観て、
無常を感じたのだろうか ）
鎌倉の 仏と共に 唐三彩 田村の直刀 京の博物
（ 京都の博物館で鎌倉の仏や唐三彩、坂上田村麻呂の直刀などの展示物を観る。
京都はなんと豊かな歴史に包まれているのだろう ）
東山 路面電車は 走り行く 卯月の京を 我一人行く
（ 東山を路面電車が走っていく。卯月（旧暦の四月）の京都を我一人行く ）
足痛み 疲れ躯に 漂えど 名所訪ねて 東山を行く
（ 沢山の神社仏閣を観て足を痛め疲労困憊であるが、名所旧跡を訪ねて東山を行く ）
東山 北上せし後 大谷寺 墓石を抜けて 清水の滝
（ 東山を北上すると浄土真宗大谷派の寺に出る。その墓石群を抜けると清水寺の滝に出会う ）
雨降りて 桜散りぬる 清水寺 音羽の滝に 乙女らの声
（ 雨が降ってきて桜が散る清水寺の音羽の滝に修学旅行の少女達の声が響いていた ）
怨霊の 群れ満ちたる 八坂かな 四条通りに 桜散りぬる
（ 沢山の怨霊を鎮める為に始まった祇園祭の守護社の八坂神社、その四条通りに桜が散っている ）
知恩院 慈円の心に法然も 涙落としぬ 青蓮院
（ 知恩院で僧慈円の仏の心に法然上人も涙を流した青蓮院である ）
八坂から 四条戻りて京極へ 京言葉を 聞きに行く
（ 八坂神社から四条通りに戻って京の市場京極へ行き、懐かしい京都言葉を聞きに行く ）
知恩院 そぼ降る雨の 青蓮院 青き瞳の 白人が行く
（ 雨にそぼ降る知恩院や青蓮院、その中に古代の青い眼をした渡来人の幻影を見た ）
土方も 近藤も居た 壬生屯所 祇園囃子の 夏の幻
（ 土方歳三や近藤勇が住まいにした壬生の屯所、夏の祇園囃子の中を歩く新撰組の幻影を見る ）
蒸し暑き 都大路を 一人行く 幾千の影 歴史人かな
（ 蒸し暑い京の京大路を一人行く、歴史の中の幾千の人々の事を思う ）
紅葉の 紅き流れや 立田川 王朝人の 歌や響かん
（ 紅葉で紅き流れの立田川、王朝人の歌が聞こえるようだ ）
―――寧楽宮（奈良）
奈良は枯れた都である。王族達の魂が純化し、枯淡の色に変わった都である。
朽ちた巨大な柱と傷付き磨り減った仏像達。しかし、千年前にはサイケデリックな
色彩と黄金色に満ちた、雅楽と芳香漂う場所であった。
大陸からの文化、渡来人で満ち満ちた国であった。
シルクロードにつらなる悠久の都。そこは今よりも華やかで喧騒と賑わいに
満ちていた。青い眼の歌姫、鷲鼻の傀儡子、黒人の肌をした従者・・・。
そのイメージは我々の知っている奈良ではない。むしろ、長安の都に近いかも知れない。
寧楽宮と呼ぶがふさわしい都である。
―――奈良の町を散策する。
猿沢の 池に映りし 五重塔 水藻に揺れて 鹿さまよいぬ
（ 猿沢の池に映る五重塔は青い水藻に揺れていて公園の鹿が散歩している ）
銀行の 横径抜けて 玉砂利を 踏めば開化の 陵ありぬ
（ 銀行の横を抜けて玉砂利の道を行くと開化天皇の陵（墓）があった ）
興福へ 通じる道の 雑踏に 開化の陵は 静まりて在り
（ 興福寺へ通じる道の雑踏に開化天皇の陵は静かに在った ）
円堂と 五重塔に 囲まれて 興福の寺 鹿賑わえり
（ 円堂と五重塔に囲まれた興福寺に沢山の鹿が群れていた ）
興福の 鹿には白き 髭ありぬ 煎餅持ちて モデルと成りぬ
（ 興福寺の鹿には白い髭があった。鹿煎餅を上げて写真のモデルになってもらった ）
興福の 国宝館には 鎌倉の 御仏満ちて 黄金光れり
（ 興福寺の国宝館には鎌倉の仏の像が黄金に光っていた ）
興福の 仏の御足に獅子の影 西域文化 ここにも在りぬ
（ 興福寺の仏の像の足元に獅子の像があり、西域の文化がここにもあった ）
鎌倉の 慶派の腕の 凄まじさ 国宝館に 力量知りぬ
（ 鎌倉の運慶などの慶派の彫刻の腕の凄まじさを、国宝館の仏にその力量を観た ）
仏とて 印度の土俗 多神教 それを加えて 今に至りぬ
（ 仏教とて印度の土俗の多神教であり、それを日本の文化に加えて今日がある ）
芝生にも 鹿の親子は 休めけり 奈良の博物 白き館よ
（ 芝生に鹿の親子が休んでいる奈良の白い博物館である ）
神代には 貴人の骸を 冷やしぬる 氷室の社に 桜散りぬる
（ 神代には貴族の死体を保存したという神社の氷室に桜が散っていた ）
南大の 門にこもれる 大仁王 その力貸せ 我が肉体に
（ 南大門の門にこもれる大仁王像、その力を疲れた我が肉体に貸せ ）
大工事 鉄柱組み立て すっぽりと 大仏覆う 東大寺かな
（ 東大寺の大仏殿は工事中で鉄柱ですっぽりと覆われていた ）
聖武らと 行基も見たか 大仏の 黄金銅に 幾千の民
（ 聖武天皇や行基も見たこの黄金や銅でできた大仏に幾千の民の労働の姿を思った ）
東大寺 右に抜けては 大鐘が 大蛇のごとく 口を開きぬ
（ 東大寺を右へ抜けると大鐘堂があり、その大鐘が大蛇の口に見えた ）
二月堂 三日月堂には 日月の 光の像と 手向山かな
（ 手向山を背景に二月堂や三日月堂には輝く仏の像があった ）
二月堂 下りて歩く 築地塀 神田の田には 高麗の影
（ 二月堂を下っていくと古い築地塀に出会い、神田の田には高麗からの渡来人の影響があった ）
二月堂 下りて歩く 築地塀 木蓮の枝に 鶯の声
（ 二月堂を下っていくと築地塀があり、白い木蓮が咲いて鶯が鳴いていた ）
大仏の 裏の芝生の 松と鹿 草の芽摘みぬ 乙女ありぬ
（ 大仏殿の裏の芝生には松が生え鹿が散歩し、古代の草摘みのように乙女が草の芽を摘んでいた ）
王朝の 昔を誘う 草摘みの 乙女の横を 鹿は駆け行く
（ 王朝の昔を連想させる草摘みの乙女の横を鹿が駆けぬけて行く ）
塀の外 想いて哀し 正倉院 西域至宝 この中に在り
（ 正倉院の塀の外にいて西域の宝がこの中にあるのに観れない事が残念である ）
夜光杯 瑠璃鉢さえも 輝きて この塀の内 正倉院
（ シルクロードから伝わった輝く夜光杯や瑠璃鉢がこの塀の中の正倉院にある ）
大仏を 要と月の 東大寺 盧佛の句碑も 松陰に在り
（ 大仏を要と月の東大寺という慮仏の句碑が松の陰にあった ）
戒壇院 鑑真和上の 遺影にも 光やさしく 桜散りぬる
（ 戒壇院の鑑真和上の遺影に光優しく桜が散っていた ）
鑑真の 苦難満ちたる 生涯に 思いて涙の 戒壇院
（ 仏の教えを伝える為に失明してまで日本にきた鑑真の苦難の生涯を思って涙した戒壇院である ）
大仏の 賑いなくて 裏寂し 戒壇の地に 枯葉落ち行く
（ 大仏殿の裏は観光客の賑わいもなく、枯葉が散っていた ）
大仏の 賑いなくも 鑑真の 御魂は宿りぬ 戒壇の地に
（ 大仏殿ほどの賑わいがないが、戒壇院には鑑真の御魂が宿っていた ）
肉離れ 起こし足にて 朱塗り門 巡りて歩く 春日の大社
（ 歩き過ぎて肉離れを起こした足で朱塗りの門を潜り、春日大社を巡り歩く ）
藤原の 栄華の跡を 偲ばせる 春日の社に 鹿さまよいぬ
（ 藤原氏の栄華の跡を偲ばせる、藤原氏の氏寺の春日大社に鹿がさまよっている ）
―――飛鳥路。レンタサイクルと車にて史跡巡る。
飛鳥は古代「安宿」と言った。「やすらぐ宿」とは大陸よりの渡来人の思想である。
大陸の騒乱を逃れ、海を越えやっとたどり着いたこの地に人々は永遠の平和を
求めたのかも知れない。しかし、そこはまた権力争いと無縁でなかった。
蓮華咲くこの地で血で血を洗う戦いが行われた。
飛鳥人は唐風の文化に酔い、夜光杯で葡萄酒を飲み、異形の石像に囲まれ、
水溢れる庭園にて日夜宴を繰り広げた。酒船石や亀石、異人に似た石像。
この文化を渡来人の風習とみるだけでは物事は見えない。
明治の御世、鹿鳴館に踊った近代の人々と同じでなかったのか。
新しい文化を取り入れながら、先祖の魂を忘れることなく過ごしていたのではないか。
桜井の 駅に降り立ち 自転車を 走らす我に 飛鳥の風が
（ 桜井の駅に降り立ち自転車を借りて走らせると、心地よい飛鳥の風が顔に当たる ）
車中にて 景行箸墓 展望す 山の辺道に 旧き影あり
（ 列車から景行天皇陵や箸墓を展望する山の辺の道には古代の影がある ）
時間なく 山の辺道には 踏み込めず せめて行きたし 大神社へ
（ 時間がなく山の辺の道には踏み込めず、せめて行きたし大神社へ ）
纏向の 駅を電車は 過ぎ行きぬ 悲し武尊の 生を想いぬ
（ 纏向の駅を電車は過ぎ去って行って、悲しい日本武尊の生涯を想い出した ）
天理過ぎ 桜井までを 電車行く 山の辺道は 左手にあり
（ 天理を過ぎて桜井まで電車で行くと山の辺の道は左手にある ）
長き坂 登りて至る 資料館 飛鳥の遺物 ここに眠れり
（ 長き坂を登って着いた飛鳥資料館に飛鳥の遺物がここに眠る ）
斉明の 掘りし遺構 発掘す 資料館には 猿石ありぬ
（ 斉明天皇が堀りし遺構を発掘する飛鳥資料館には猿石があった ）
地の下に 眠れる飛鳥 遺物には 大宮人の 生の傷あり
（ 地の下に眠れる飛鳥遺物には古代の貴族の生涯の跡が刻まれている ）
不思議なる 顔満ちたる 石像の 楽天主義は 飛鳥に合いぬ
（ 不思議な顔をした沢山の石像は古代の楽天主義の飛鳥に合っている ）
飛鳥路は 蓮華タンポポ 満ち溢れ 我は寝そべり 蒼き空見ゆ
（ 飛鳥路は蓮華やタンポポが満ち溢れ、その野原に私は寝そべって蒼い空を見た ）
我立ちぬ 蓮華の花の 飛鳥路に この感激を いかに問やせん
（ 憧れの蓮華の花の飛鳥路に私は立っている、この感激は例えようもない ）
菜の花と 蓮華満ちたる 飛鳥路に 若き乙女の 声はさやけし
（ 菜の花と蓮華満ちたる飛鳥路に、若き乙女の声が涼しく聞こえる ）
飛鳥川 清き水辺に ゴミありぬ 悲し想いで 甘樫丘へ
（ 飛鳥川の清き水辺にゴミがあって悲しい気分になって甘樫の丘へ向かった ）
飛鳥川 清き水辺に 社あり 甘樫丘に 蘇我の栄華よ
（ 飛鳥川の清き水辺に社があって、甘樫の丘に蘇我氏の栄華を思った ）
あえぎ来て 登りし丘の 甘樫に 大和三山 静かに在れり
（ あえぎながら甘樫の丘に登ると、大和三山の天香久山、畝傍、耳成が静かに見えた ）
甘樫の 丘に登りて 展望す 大和三山 やさしく在りぬ
（ 甘樫の丘に登りて展望すると大和三山の天香久山、畝傍、耳成がやさしく見えた ）
暗き森 抜きて開けり 甘樫の 丘にはありぬ 大和三山
（ 暗き森を抜けて甘樫の丘から視界が開けて大和三山の天香久山、畝傍、耳成が見えた ）
香具山と 耳成畝傍と 雷の 丘らと共に 飛鳥野に在り
（ 香久山と耳成、畝傍、雷の丘が飛鳥の野にあった ）
甘樫の 丘に登りて 幻想す 大宮人の 愛と血潮を
（ 甘樫の丘に登りて幻想する古代の貴族の愛と血潮の生涯を ）
この地にて 天智や天武が 生きたとは その歴史にも 我等の生が
（ この飛鳥の地で天智天皇や天武天皇が活躍した、その歴史は我らの人生につながる ）
小学の 児らに案内 頼みたる 甘樫降りて 豊浦寺かな
（ 小学生の児らに案内してもらって甘樫の丘を下って豊浦寺へ向かった ）
豊浦は 我が国最古の 仏の地 推古の社も その陰にあり
（ 豊浦寺は我が国最古の仏教の寺で推古天皇の社もその陰にあった ）
―――飛鳥坐神社
神錆びて 飛鳥坐 社には 巨大な男根 女陰石あり
（ 神々しい飛鳥坐神社には巨大な男根女陰石があった ）
男根と 女陰石満つ 社には 豊穣飛鳥の エロスありぬる
（ 巨大な男根女陰石がある社には豊穣の飛鳥のエロスがあった ）
桜散る 飛鳥坐 社にて 如何なる民の 祭りし男根
（ 桜散る飛鳥坐神社にはどんな民族や渡来人が信仰したかわからない男根石があった ）
―――飛鳥の里
安宿とも 飛び立つ鳥の 飛鳥とも 人は噂す 高麗の里かな
（ 安らぐ宿の安宿とも飛び立つ鳥の飛鳥とも、人は噂する朝鮮から渡来した高麗の人々の里かな ）
大昔 この地に流れた 百済人 故郷想い 造る高麗里
（ 大昔に飛鳥の地に流れ着いた朝鮮からの百済人、故郷想いて高麗の里を造った ）
―――大伴の墓
道違え 山奥深き 塚に逢う 大伴夫人の 墓と人言う
（ 道を間違えて深い山奥で塚に出会い、大伴氏の夫人の墓との碑文にあった ）
山深き 竹に隠れて 塚ありき 藤原里に 霞たなびく
（ 山深き竹藪に隠れて塚があり、藤原の里には霞がたなびいていた ）
―――飛鳥寺
土膚も 乾いてありき 飛鳥寺に 歴史刻めし 大仏ありぬ
（ 乾いた土膚色の飛鳥寺に歴史を見つめてきた大仏があった ）
中大兄と 鎌足達が 蹴鞠せし 飛鳥寺跡に サッカーの児ら
（ 中大兄皇子と中臣鎌足達が蹴鞠した飛鳥寺の跡にサッカーをする小学生がいた ）
壬申の 乱時に天武 陣置きし 飛鳥寺跡に 蓮華匂えり
（ 壬申の乱の時には天武天皇が陣を置いた飛鳥寺の跡に蓮華が咲いていた ）
シュリーマンの トロイに立ちし 我が心 飛鳥寺跡に 歴史眠れり
（ シュリーマンがトロイの地に立った時と同じ興奮した気持ちで、飛鳥寺の跡に歴史は眠れる ）
飛鳥寺の 蓮華満ちたる 野の下に 旧き遺跡は 眠り保ちぬ
（ 飛鳥寺の蓮華の花が咲く野原の下に旧い遺跡は眠りを保っている ）
―――首塚
飛鳥寺の 蓮華満ちたる 野の中に 入鹿の首塚 寂しくあれり
（ 飛鳥寺の蓮華が満開の野原の中に入鹿の首塚は寂しくあった ）
―――酒船石
ホメロスの 岩船に似た 巨大石 酒船石に 謎の溝あり
（ ホメロスの神話の岩船にも似た巨大な酒船石に謎の溝があった ）
神代には この岩船で 葡萄酒を 作りて飲みし 夜光杯かな
（ 神代にはこの岩船で作った伝説の葡萄酒を古代人は夜光杯で飲んだのであろうか ）
汗かきて 登りし丘に 酒船の 巨石は在れり 飛鳥の雲よ
（ 汗をかいて登った丘に酒船石の巨石があり、その上を飛鳥の雲が流れていた ）
斉明は この岩船の 葡萄酒で 狂気にあれり 飛鳥幻想
（ 斉明天皇はこの酒船石で作った葡萄酒で狂気になって宮を造営した伝説がある飛鳥の幻想である ）
―――板蓋宮
聖徳と 推古が夢の 板蓋の 宮地跡には 芝生匂えり
（ 聖徳太子と推古天皇が平和な国を造ろうとした板蓋宮の跡に芝生が匂っていた ）
―――石舞台
大いなる 栄華を誇る 王達も 飛鳥の土の 塚と成りぬる
（ 大いなる栄華を誇りし王達も今は飛鳥の土の塚となってしまった ）
栄光の 蘇我の馬子の 墓と言う 石舞台には 若草萌えり
（ 栄光の蘇我の馬子の墓という伝説がある石舞台には若草が萌えていた ）
栄光の 飛鳥王朝 石舞台 闇に葬れし 蘇我の歴史よ
（ 栄光の飛鳥王朝の石舞台は闇に葬られた蘇我の歴史そのものである ）
飛鳥野に 蘇我の怨念 満ち渡る 石舞台には 悲し蛇あり
（ 飛鳥の野には蘇我の怨念が満ち溢れ、石舞台には悲しい蛇がいた ）
飛鳥路を 巡りて出逢う 石舞台 遥かに煙る 吉野の山よ
（ 飛鳥寺を巡りて出逢う石舞台に遥かに煙る吉野の山が見える ）
―――川原寺
斉明の 狂気も今は 夢の跡 川原寺跡に 石碑ありけり
（ 斉明天皇の狂気の宮の造営も、今は夢の跡である川原寺跡に石碑があった ）
―――橘寺
厩にて 生誕せしと 噂さる 聖徳の地に 青銅馬あり
（ 厩で産まれたという伝説がある聖徳太子の地に青銅の馬の像があった ）
―――亀石
亀石も 鬼の雪隠 まな板も 昔は聖なる ものでありしや
（ 亀石も鬼の雪隠の岩も昔は聖なる遺物であった ）
壬申に 勝ち鬨上げし 天武にも 悲し終わりの 陵の土
（ 壬申の乱に勝ち鬨を上げた天武天皇も悲しく死んで陵（墓）の土になった ）
―――天武持統陵
剛毅なる 天武も今は 野辺の土 持統と共に 青陵にあり
（ 剛毅なる天武天皇も今は野辺の土になって妻である持統天皇と共に青い陵（墓）にある ）
乙女二人 天武持統に 寄りそいぬ 秘陵の歴史 誰ぞ知るらん
（ 観光に来た若い女性二人が天武持統天皇陵を見学していて、秘密の陵の歴史を誰が知るだろう ）
遥かなる 天武と持統の 陵に 飛鳥の鷺も 枝をつづらん
（ 遥かなる天武と持統の陵に飛鳥の鷺も巣作りの枝をつづらん ）
蓮華なる 赤紫の 飛鳥野に 緑こもれる 陵ありぬ
（ 蓮華の赤紫の飛鳥野に緑に包まれた飛鳥寺の陵があった ）
天の鳥 天武持統の 御魂かな 白く霞みて 陵に消ゆ
（ 空を飛ぶ白鳥は天武や持統の御魂に見え、白く霞んで陵に消えた ）
―――高松塚
喘ぎせし 登りて丘の 高松に 塚は隠れて 筍萌えゆ
（ 喘ぎながら丘に登ると高松塚は竹藪に隠れて筍が萌え出ていた ）
竹の原 裂けて人目の 高松に 死者の眠りは 醒まされりけり
（ 竹原の裂け目から高松塚が見え、ここに死者の眠りは醒まされた ）
高松に 竹の葉ザザッと 哭き揺らん 首無し塚に 死者の怨霊
（ 高松塚に竹の葉がザザッと哭いて揺れ、首の無い塚には死者の怨霊が漂う ）
文武陵 脇過ぎて行く 高松の 塚は整地の 博物館に
（ 文武陵の脇を抜けて高松塚は整地されて博物館になっていた ）
葡萄巻く 海獣鏡や 紋章に 遥かシルクの 流れ見るらん
（ 発掘された葡萄の文様の海獣鏡や紋章に遥かシルクロードの影響を見る ）
石棺に 菊の紋章 刻まれり ヘロデ王の 太陽の紋章
（ 石棺に菊の紋章が刻まれていて、それはシルクロードから伝わるヘロデ王の太陽の紋章である ）
壁画には 女官と星座 怪獣が 高松塚に 深き墓あり
（ 壁画には女官と星座，怪獣が描かれている高松塚の深い墓があった ）
―――談山神社
多武峰 談山神社 祭り来て 十三重ねの 古き塔あり
（ 多武峰の中臣鎌足の霊を祭った談山神社には十三重ねの古き塔があった ）
―――若き日、山の辺の道を歩く
山の辺の道は奈良の天理の石上神宮から桜井の海石榴市跡まで
二十キロの古代の道である。歩くと五時間以上かかる。
若き日、この道を歩けばその想い出は一生君の心に残るであろう。
それは古代のロマンに満ちた道である。
『 大和は 国のまほろば
たたなづく 青垣
山隠れる 大和しうるわし 』
「大和は国の中の国だ。連なる青垣のような山々、
山に囲まれた大和は本当に美しい」と詠ったのは日本武尊である。
父に愛されず国に戻ることも許されず、一生を戦いで過ごした古代の英雄、日本武尊。
山の辺の道を歩くと日本武尊の悲しい生が甦る。
日本武尊がどんなに大和を愛したかわかる歌である。
桜井の 駅に降り立ち 山の辺の 道は続けり まほろばの道
（ 桜井の駅に降り立つと山の辺の道が続く、それはまほろばの道である ）
遂に我 まほろば道に 分け入りぬ この喜びを いかに詠わん
（ ついに私はまほろばの道に分け入った、この喜びをいかに詠わん ）
大向寺の 橋を渡りて 大和川 山の辺道の 道標あり
（ 大向寺の大和川の橋を渡ると山の辺の道の道標があった）
海柘榴市は 人麻呂愛し 女の里 熱き歌声 椿散りぬる
（ 海石榴市は柿本人麻呂の愛した女性の里で、その熱き情熱で椿が散っている ）
海柘榴市は 神代の昔 歌垣の地 若き男女の 八十の巷よ
（ 海石榴市は神代の昔は歌垣の地で、男女が沢山集う賑やかな市場だった ）
十一面 観音像を 過ぎ行きて 金谷の石仏 静かにありぬ
（ 十一面観音像のお堂を過ぎて、金谷の石仏が静かにあった ）
木陰過ぎ 楓繁れり 平等寺 日向神社と 三輪の社よ
（ 木陰を過ぎて楓が茂れる平等寺、日向神社、三輪神社よ ）
我立ちぬ 三輪の社に 神錆びて ピラミッドに似て 赤松巨木
（ あこがれてやっと来た三輪神社は神錆びて、ピラミッドのように三角の山で赤松の巨木が生えていた ）
大三輪は 赤蛇の神 酒の神 背後にそびゆ 三輪の山々
（ 三輪の神は赤蛇の神であり酒の神であり、背後にそびゆる三輪の山自体であった ）
御神体は 背後にそびゆ 三輪の山 緑の山の ピラミッドかな
（ 御神体は背後にそびゆる三輪の山であり、それはまるで緑のピラミッドのようであった ）
神杉の 杉玉下がる 社には 赤き蛇らの 神話ありぬる
（ 神杉の杉玉下がる神社には赤き蛇の神話があった ）
細きこと 糸のごとくに 白糸の 三輪の素麺 土産にありぬ
（ 細い白糸のような三輪の素麺が土産にあった ）
狭井神社 鎮女池あり 玄賓庵 春には花の 美しき里
（ 狭井神社や鎮女池、玄賓庵など春には美しい里である ）
元伊勢と 人は言うなり 笠縫の 邑には寂し 桧原の社
（ 伊勢神宮の元はここであるという笠縫の村の寂しい桧原の社である ）
桧原から 箸墓ニ上の 山も見え 陰を突きせし 倭姫の墓
（ 桧原神社からは箸墓や二上山が見え、箸墓は陰を突いて死んだ伝説のある倭姫の墓である ）
景行の 青き陵 輝きて 大和青垣 うるわしくあり
（ 景行天皇の青き陵は輝いて大和の青垣のような山々は美しい ）
この道を 父愛も知らず 孤独にて 日本武尊の 白馬哭きけり
（ この道で父から愛されなかった孤独な日本武尊は白馬と共に涙を流した ）
武尊詠む 大和青垣 うるわしき 巻向川に 紅葉流れる
（ 日本武尊が詠った大和青垣の歌は美しく、巻向川に紅葉が流れている ）
―――斑鳩の里
聖徳の 霊威満ちたる 法隆寺 怨霊封印 墓の寺なり
（ 聖徳太子の霊威が満ちたる法隆寺は怨霊を封印した墓の寺である ）
法隆の 巨大なる エンタシス ギリシャ文化の 柱跡なり
（ 法隆寺には巨大な膨らんだエンタシスというギリシャ文化の柱の影響があった ）
今昔 修学旅行で 訪ねれど 法隆寺里 素晴らしきかな
（ 今、修学旅行で訪ねた法隆寺の里には昔はわからなかった素晴らしさがある ）
―――吉野山
桜咲く 吉野の山に 人満ちて 昔も今も 醍醐の桜
（ 桜咲く吉野の山に人が満ちて昔も今も変わらぬ醍醐の桜である ）
桜桜 桜の花が 満ち満ちて 人人人の 吉野山かな
（ 桜桜桜の花が満ち満ちて、人人人の吉野山である ）
下千本 中千本から 上千本 奥にも千本 山桜あり
（ 下千本、中千本から上千本、奥にも千本の山桜がある ）
吉野山 門前町には 吉野葛 柿の葉寿司の 土産ありぬる
（ 吉野山の門前町には吉野葛や柿の葉寿司の土産があった ）
ロープウエイ 登りて吉野の 山奥に 軍記に悲し 秘跡ありけり
（ ロープウエイに登って吉野の山奥に行くと軍記に悲しい秘跡が多数あった ）
金峯山 蔵王堂には 桜満ち 役行者の 故事を思いぬ
（ 金峯山の蔵王堂には桜が満ち、役行者の故事を想い出した ）
吉水の 社は醍醐の 行宮跡 楠木などの 忠臣の里
（ 吉水の社は醍醐の桜で有名な行宮跡で、楠木正成などの忠臣の里である ）
義経も 隠れたる 吉水社 悲し歴史の 跡をたどらん
（ 義経が隠れた伝説のある吉水神社に悲しい歴史の跡を感じた ）
太閤の 醍醐の桜 思い出す 吉水社に 桜花満つ
（ 太閤の醍醐の桜を思い出す吉水神社に桜花が満ちていた ）
義経と 別れし静の 舞の跡 勝手神社に 桜散りぬる
（ 義経と別れた静が舞をした伝説のある勝手神社に桜散っていた ）
大海人の 五色天女の 勝手社に 壬申の乱 激しくありき
（ 大海人が見た五色天女の伝説のある勝手社は壬申の乱の激しい舞台であった ）
如意輪寺 醍醐行宮 跡という 桜散るぬる 塔尾陵あり
（ 如意輪寺は後醍醐天皇の行宮跡という。寺の後ろには桜散る後醍醐天皇の墓である塔尾陵がある ）
楠木の 正行彫りし 如意輪の 別れの歌に 桜散りぬる
（ 楠木正成の息子の正行が後醍醐天皇に最後の別れの歌を彫った如意輪寺の扉に桜散っていた ）
竹林院 空海修行の 椿山寺 花見矢倉の 展望台かな
（ 竹林院や空海が修行した伝説のある椿山寺、花見矢倉の展望台もある ）
花見矢倉 佐藤忠信 旧跡なり 狐も見たか 忠義の桜
（ 花見矢倉には佐藤忠信の旧跡で、歌舞伎の義経千本桜の狐も見たか忠義の桜を ）
吉野なる 水分神社 神錆びて 枝垂れ桜に 鶯つどう
（ 吉野の奥にある水分神社は神錆びて枝垂れ桜に鶯がつどっている ）
金の峯 社は吉野の 奥社 金精明神 住む山桜
（ 金峯神社は吉野の奥社で吉野の神の金精明神の住む山桜である ）
―――西行庵跡
金峯山寺の奥に西行法師の庵の跡がある。山を越えてたどりつく。
ここまでは観光客もやって来ない。
よくこんな山奥に西行は住んだと思う。
昔の西行庵をまねて小さな庵があった。
江戸時代、松尾芭蕉はここに二度も来て西行を偲んで歌を詠んだ。
その故事を知っていたので私も歌を詠んで西行法師を偲んだ。
この歌を捧げてと西行や芭蕉の魂と交流した。
み吉野に 我もいつかは 立ち行かん 大宮人の 桜わだちよ
（ あこがれの吉野にいつかは私も行ってみたいものだ。
昔、貴族が牛車に乗って桜の花びらのわだちの道の中を行ったように ）
室生寺は仏教が伝わる以前には古代の巫女が祭る竜神と水神の里であった。
隣接する竜穴神社がその元である。
竜を祭る沖縄の御嶽のような信仰があった。
それゆえ「女人高野」の伝説が生まれた。
（ 室生川を渡ればを見える太鼓橋。その奥に女人高野の室生寺がある ）
石楠花の 石段の奥に そそり立つ 室生寺の塔 凛としてあり
（ 石楠花の咲く石段の奥にそそり立つ室生寺の塔は凛として立つ ）
石楠花の 花満ちたる 五重塔 室生寺の精 ここに輝く
（ 石楠花の花が満ちたる五重の塔、室生寺の精がここに輝いている ）
室生寺は 龍に仕える 巫女の里 女人高野の 謎の里なり
（ 室生寺は龍に仕える巫女伝説の里であり、女人高野の謎の里なり ）
―――室生寺竜穴神社
室生には 竜穴神社 神錆びて 眠れる竜と 巫女が棲むなり
（ 室生寺には竜穴神社が神錆びてあり、 眠れる竜と巫女が棲むなり ）
―――大野寺の磨崖仏
大野寺の 断崖絶壁 仏あり 今は欠けいて 自然となりぬ
（ 大野寺の断崖絶壁に仏の像があるが、その像は今は欠けて自然の岩肌となっていた ）
―――長谷寺
長谷寺は 美しき寺なり パルテノン 十一面観音 やさしく在りぬ
（ 長谷寺は美しき寺でギリシャのパルテノン神殿に似て、十一面観音がやさしく在った ）
美しき 乙女の落し 蹴鞠玉 長谷寺登廊 静かに落ち行く
（ 美しき着物の乙女が落した七色の蹴鞠玉が長谷寺登廊（階段）を静かに落ちて行く ）
長谷寺も 室生寺さえも 古の 火の巫女祭る 聖なる寺か
（ 長谷寺も室生寺も古の火の巫女が祭った聖なる寺である ）
―――伊勢
伊勢は「海岸」の意で磯（いそ）が語源なり。
古代は海神を祭る小さな社に過ぎなかったが、
天武天皇が奈良の笠縫村から天皇の祖霊を移して伊勢神宮を造成した。
中国より伝わる北極星を祭る「太一信仰」や陰陽道、道教などの
最先端の思想で天皇の霊威を増した神社である。
また古代ユダヤ教の影響もあるという。
外宮は内宮に仕える神で内宮を北極星とし、外宮は北極星を廻る北斗七星で
古代占星術で一番霊威が強くなる北西にある。
真の御神体は片参りで有名な朝熊山（あさまやま）である。
火除橋 渡れば見える 神の森 外宮の郷に 桜散りぬる
（ 火除橋を渡れば見える神の森の外宮の郷に桜散っていた ）
外宮には 勾玉池と 深き森 内宮同じ 神明社
（ 外宮には勾玉池と深き森があり、内宮と同じ神明社なり ）
内宮の 北西にある 外宮なり 太一信仰 北斗星なり
（ 内宮の北西にある外宮は太一信仰の北斗星である ）
外宮は 豊受神 食の神 内宮に仕える 北斗七星
（ 外宮の神は豊受神で食の神であり、 内宮に仕える北斗七星である ）
宇治橋を 渡りて洗う 五十鈴川 御手洗の場に 碧き水音
（ 宇治橋を渡ると下には五十鈴川の流れがあり、御手洗の場には透明な碧き水が流れていた ）
巨大なる 杉の柱は 神錆びて 内宮道の 両脇にあり
（ 巨大なる杉の柱は神錆びて内宮道の両脇にある ）
どなたかが おわすか知らぬ 内宮に 善男善女 人群満ちる
（ 芭蕉の句のどなたがいるか知らない内宮に善男善女の人が満ちていた ）
茅葺の 神明社は 苔むして 遥か神代の 昔を思いぬ
（ 茅葺の神明社は苔むして遥か神代の昔を思い出す ）
天武命 大和笠縫 より鎮座 伊勢の海鳴り 巨大社や
（ 天武天皇の命令で大和笠縫より天皇家の祖霊を鎮座させた伊勢の海鳴りの巨大な社である ）
内宮の 秘か寄り添う 斎宮 古代の巫女の 祭り跡なり
（ 内宮に秘かに寄り添う斎の宮は古代の巫女の祭祀の跡である ）
玉砂利を 踏みしめ渡る 内宮に 杉の巨木に 烏渡りぬ
（ 玉砂利を踏みしめ渡る内宮の杉の巨木に烏が渡っていく ）
伊勢参り 朝熊訪ねば 片参り 朝熊山には 塔婆並びぬ
（ 伊勢参りでは朝熊山を訪ねないと片参りなり、朝熊山が伊勢の元の御神体であるからだ。
( 朝熊山には古代の習俗である巨大な塔婆が沢山並んでいる ）
伊勢名物 赤福海品 並ぶなり おかげ横丁 賑わいてあり
（ 伊勢名物の赤福や海産物が並ぶおかげ横丁は賑わっていた ）
おかげ町 蘇民将来 神飾り 昔も今も 旅人の群れ
（ おかげ町には蘇民将来の神飾りがひらめき、昔も今も旅人の群れが行く ）
鳥羽の海 宿に泊まりて 紺碧の 真珠の色に 染まる風景
（ 鳥羽の海の宿に泊まって紺碧の海が真珠の色に染まる風景である ）
―――熊野
熊野は古代の祭祀を残す里である。
巨大な磐座、巨大な滝、深い森…それ自体が御神体であった。
神代の昔、沖縄の御嶽のように巨大な磐座や滝や森に向かって
多数の巫女が祈りを捧げたに違いない。
榛名山の奥社には巨大な磐座、厳島神社の弥山の磐座、
尾道の千光寺の建つ磐座、諏訪神社の裏の磐座、
諏訪の御柱、花の窟神社の磐座、熊野速水大社の磐座、
花の窟神社の磐座、那智の滝など皆これすべて日本の古俗なり。
熊野はまた黄泉の国であった。
多くの亡霊が集まる国であった。
イザナミの霊を祭る神社がある由縁である。
死者の国ゆえ極楽浄土を願う人々は多く熊野を旅した。
熊野はまた旅人にやさしい土地でもあった。
伊勢の海 奇岩波裂く 鬼ヶ城 昔海賊 隠れし跡なり
（ 伊勢の海の奇岩が波を裂く鬼ヶ城は昔の海賊隠れし跡である ）
花窟 イザナミ死せる 社なり 古代の祭祀 伝える岩なり
（ 花窟神社はイザナミ死せる社であり、古代の祭祀を伝える磐座がある ）
国道を 越えて渡せし 神綱の 花の窟の 祭り栄えり
（ 国道を越えて渡した神綱の花の窟神社の祭りが栄えている ）
朱色なる 熊野速玉 輝きて 佐藤春夫の 記念館あり
（ 朱色の熊野速玉神社は輝いて、その隣には新宮を愛した詩人の佐藤春夫の記念館がある ）
新宮は 海の香かおる 海神の里 速玉社 輝きてあり
（ 新宮は海の香がかおる海神の里で熊野速玉神社は輝いていた ）
速玉の 御神体なり 神倉の 磐座立ちて 崖上にあり
（ 速玉神社の御神体である神倉山の巨大な磐座が崖の上にある ）
熊野なる 瀞峡抜けて 川下り 涼しき流れに 鮎かけ抜けぬ
（ 熊野にある瀞峡を抜ける川下りでは涼しき流れに鮎がかけ抜ける ）
神錆びて 熊野本宮 鎮座せり 昔は川の 真ん中にあり
（ 神錆びる熊野本宮神社が鎮座するが 昔は川の真ん中にある神社であった ）
我も我 熊野本宮 目指すなり 蟻の行列 みやこびと群れ
（ 我も我もと熊野本宮を目指す蟻の行列のようなみやこびとの群れである ）
熊野には 和泉式部の 歌碑ありぬ 色に匂える 苔の石膚
（ 熊野には和泉式部の歌碑があり、それは彼女のの恋多き生涯も無常の苔の石膚と変わっていた ）
月のもの 触りて出来ぬ 熊野参 神も許して 式部成就
（ 熊野詣でに来た和泉式部は生理の穢れの為参拝出来なかったが、神の許しで参拝が成就した歌碑がある ）
咲き匂う 花の景色の 白河の 熊野本宮 歌碑輝けり
（ 咲き匂う桜の花の景色の歌の白河法皇の熊野本宮の歌碑が輝いている ）
はるばると さかしき峰を わけ過ぎて 後鳥羽院の 歌碑みどりなり
（ はるばるとさかしき峰をわけ過ぎての歌の後鳥羽院の歌碑は苔むしてみどりである ）
巨大なる 天を貫く 大鳥居 大斎原に 鶯の声
（ 巨大なる天を貫く大鳥居の元の熊野大社があった大斎原に鶯の声が響いていた ）
勝浦の 駅前にあり 春夫の碑 新宮愛せし 詩人の郷なり
（ 勝浦の駅前には詩人佐藤春夫の碑があり、新宮を愛した詩人の郷である ）
深き森 熊楠の碑あり 熊野道 偉大な巨人の 跡をたどらん
（ 深き森の中に生物学者南方熊楠の碑がある熊野道で偉大な巨人の跡をたどる ）
熊野道 石畳さえ 乗り越えて たどり着くは 熊野大門
（ 熊野道の石畳を乗り越えてたどり着くと熊野大門の跡がある ）
熊野なる 那智の社に 神錆びて 三本足の 烏はためく
（ 熊野にある那智の社は神錆びて熊野の神の使いである三本足の烏の旗がはためく ）
天からか 蒼き飛沫の 那智の滝 古代の社に 烏帽子乙女よ
（ 天から落ちてくると錯覚する蒼き飛沫の那智の滝、その古代の社に烏帽子姿の乙女がいた ）
古代には 御嶽の跡か 那智の滝 美しき巫女 さまよいぬ
（ 古代の御嶽の跡かも知れない那智の滝に美しき巫女さまよう幻想を見た ）
役小角 古き像あり 青岸渡寺 熊野の森に 那智の滝落つ
（ 役小角の古き像がある青岸渡寺、その熊野の森に那智の滝が落ちる ）
那智の滝 朱色の塔に 深き森 青岸渡寺ら 輝いてあり
（ 那智の滝と朱色の五重の塔、深き森がある青岸渡寺が輝いていた ）
古代の遺跡を訪ねる旅は終わった。
私はなぜこの古代の土地へ来たのだろうか。
それは自己のアイデンティティ（自己同一性）を求める旅だった。
ゴーギャンのいうように「 我々はどこから来て、どこへ行くのか 」
それは答えの無い物語である。
しかし、ただ言える事は私達は民族の子であるという事である。
日本人とはなにか、どこから来たのか。
それを訪ねて行かないと答えは見えてこない。
今回の旅はそれを訪ねる旅であった。
それは自己の再生（ルネサンス）の旅でもあった。
地球という惑星の、「日本」という東方の小島に世界からの幾多の民が
荒波を越えてたどり着いた。この揺籃の地で交じりあった。
そして世にも勤勉で清潔好きな好奇心にあふれる民族を作り出した。
ローマ帝国は雑多な羊飼いの民族が交じり合って生まれた国家である。
アメリカは世界中からの移民と難民が交じり合って作り上げた国家である。
日本も世界中からの渡来人が交じり合って作った国家である。
この三者に共通する精神は「寛容（クレメンティア）」である。
そして日本人は和歌という不思議な民族の歌を作り出した。
人生の喜怒哀楽、恋の表現、そして死出の旅立ちまでも和歌で表現した。
歌垣（かがい）で小鳥がさえずるように好きな人へ愛の言葉をささやいた。
日本人誰もが老若男女から身分の上下なくあらゆる人々が和歌を詠った。
これは世界でも珍しい事である。
歌の世界ではすべて平等なのである
次元を超えて先祖の魂、偉人達と交信できるのである。
そして万葉集はイメージと心理が合体したすぐれた歌集である。
和歌こそ日本人の魂である
和歌の中にこそ日本人の繊細で優美な感性が含まれている。
まさに言霊の国なのである。
日の本の 民も桜の 一つ枝 今宵散り行く 何の未練ぞ
（ 私達は日本という大きな桜の一つ枝にすぎない。
今宵散って行くのに何の未練があろうか ）
一光年 我行く後も 来る彗星 無限の果ての 宇宙輪廻よ
（ 私が死んで一光年たって彗星はやって来るだろう。
宇宙は無限の果ての輪廻を繰り広げるであろう ）